[ 不法行為・差別的発言]

外国人借主に対し貸主媒介業者の「A国人には仲介しない」との説明が差別的であると

して慰謝料が認められた事例(東京地判  令元・109   ウエストロー・ジャパン)

1 事案の概要

 平成306月、借主X1(原告、学校法人)及び保証人X2(原告、学校法人の代表

者、A国人)は、専門学校の事務所として利用するため、貸主Y1(被告、不動産賃貸業

者)所有の建物を内見後、媒介業者Y2(被告、宅建業者)に賃貸借契約の申込みを行っ

た。

 X1は契約締結日を7月末日とし、敷金及び管理費の支払いに合意し、契約書の賃借人

欄に記名・押印し、Y2に送付するとともに、敷金及び管理費を銀行口座に振り込んだ。

同年8月、Y2はX1からの申入れを受け、物件の内見に立ち会った。その際、Y2がX

1の従業員に、代表者X2はB国人であるか尋ねたところ、A国人であるとの回答があっ

た。これは、代表者はB国人であるというX1の事前説明と異なっていた。

また、Y2は、X1が名刺を持たず、建物の合鍵が100本程度必要であると話すのを聞い

たが、これも入居予定者は15名程度という事前の説明と異なるものであった。 

Y2は、X1の従業員の不適切な対応及び誤った説明により、X1への不信感を募ら

せ、Y1のためには賃貸借契約の媒介をすべきではないと判断して、X1の媒介業者に、

X2の出身地域についての報告は誤っており、いい加減である旨を電話で説明し、物件を

X1に賃貸しない旨を告げた。更に、Y2は、Y1にX1との賃貸借契約を進めない旨説

明し、受領した敷金及び管理費をX1に返還した。

X1は、賃貸借契約が成立しているにもかかわらず、X2がA国人であることのみを理

由に契約解除をすることは差別に当たるとして、Y2に理由を回答するよう求めた。

これに対して、Y2は、X1及びX2(X1ら)に、「(1)X1の従業員の職務範囲が不

明で不信感を持った。(2)従業員の合鍵100本が必要との発言で建物利用に将来的なトラブ

ルの可能性を感じた。(3)Y2は過去の取引でA国人と紛争となり対処に非常な苦労をした

ことから、A国人には物件を仲介しないこととしていた。」との内容の回答書を送付した。

X1は、Y1及びY2が合理的な理由なく契約を解除したことは債務不履行又は不法行

為に当たるとして、250万円(X1の損害額497万円余の一部)の損害賠償を、また、X

2は、A国人であることを理由として不当な差別を受けたとして、不法行為により250

円(慰謝料200万円、弁護士費用50万円)の損害賠償を求める訴訟を提起した。


2 判決の要旨

 裁判所は、次のとおり判示し、Xらの請求の一部を認容した。

(本件賃貸借契約が成立したか否か)

Y1は、X1らが賃借人欄又は連帯保証人欄に署名又は記名・押印した本件契約書を受

領しておらず、その賃貸人欄にも署名又は記名・押印をしていないことが認められる。

Y1がX1らに対し、確定的に賃貸借契約の締結を承諾する旨の意思表示をしたことを示

す事情も何ら認められない。Y2はY1の委託を受けた媒介業者であり、代理人ではない

から、Y2の行動をY1による賃貸借契約の承諾とみることはできない。

よって、X1とY1の間で、賃貸借契約が成立したとは認められない。

(Y2が賃貸借契約成立を拒んだ理由)

Y2は、回答書において賃貸借契約の媒介をしないこととした理由を相当詳細に説明し

ており、X1らから「差別である」との申入れを受けて初めて考えたような後付けのもの

であるとは認め難い。Y2は、A国人に物件を仲介しないこととしている理由をX1らに

再三にわたり説明しているが、これは、X1らの差別であるとの発言に対して、発言の趣

旨が差別ではないことを弁明するためであったと認められる。X2の出身地が契約の媒介

をしない中核的な理由であったとはいえない。

(Y2の責任原因)

X1が極めて多数の関係者に合鍵をもたせることを予定しているとの事実は、X1によ

る物件の適切な使用に不安を残す事情であり、賃貸人側の媒介業者Y2において、契約を

しないこととする理由として、合理的なものというべきである。

しかし、回答書の説明内容は、客観的に見れば、Y2がX2の出身地域を理由に差別的

な扱いをする趣旨のものと捉えられてもやむを得ないものであって、X2に対する配慮を

著しく欠き、社会通念上、X2の人格権を侵害するものというべきである。

(Y1の責任原因)

Y2が賃貸借契約の媒介をしないこととし、X1らの申込みを承諾しないようY1に進

言したことは、何ら違法なものではないから、Y1がこれを聞きいれて契約を締結しなか

ったこともまた、X1らに対する不法行為責任とはならないものというべきである。

また、Y2がY1にX2がA国人であることを持ち出して、申込みを承諾しないよう進

言したような事情や、Y2による説明にY1が関与したような事情は全く認められない。

(損害の内容及び金額)

Y2のX2に対する不法行為の内容等を総合的に勘案すると慰謝料の額は10万円、弁護

士費用の額は1万円と認めるのが相当である。

3 まとめ

 本件判決では、媒介業者の「A国人には仲介しない」との発言は、借主側からの差別で

あるとの抗議に弁明するものであり、媒介をしない中核的理由であったとはいえないとし

ていますが、媒介業者の発言そのものは、客観的にみれば、差別的なものと捉えられても

やむを得ないとして人格権の侵害による慰謝料請求を一部認めています。

関連案件では、宅建業者の従業員が外国人顧客の肌の色を質問したことが、人格的利益

を毀損するものとして業者及び従業員に、50万円の損害賠償等の支払いが命じられた事例

(東京高判平15716)があります。

外国人と取引を行う事業者にあっては、取引の背景や事情に関わらず、相手方の人格権

を侵害するような差別的な言動は不法行為による損害賠償請求の対象となる可能性がある

ことに十分な注意を払う必要があります。