◆◇◆ 最近の判例から ◆◇◆

                  

[意思能力 ]

売主が土地売買契約を履行しないとして、買主が売買契約解除による違約金等の支払いを媒介業者が媒介契約に基づく媒介報酬等の支払いを売主に求めた事案において、売主の意思能力は相当程度低かった等の事情から、買主らが主張する売買契約・媒介契約の成立は認められないとして、それらの請求を棄却した事例(大阪地裁堺支部 令和2120日判決 ウエストロー・ジャパン) 

1 事案の概要

原告X1(法人、建築工事・不動産業)は、被告Y(個人、契約時82歳)所有の土地を、原

告X2(媒介業者)の媒介により、Yの居住する建物をYの費用で取り壊した後にX1に引き渡すとする売買契約を、売買代金3330万円にて平成29320日に締結したが、引渡日の同年620 日を経過しても、Yが本件土地を引き渡さなかったため、本件売買契約を解除したとして、約定の違約金333万円の支払い及び手付金50万円の返還を求める本件訴訟を提起した。

また、X2も、Yと専属専任媒介契約を締結し、本件売買契約の媒介を行ったが、媒介報酬

138万円余のうち、 89万円余が未払いであるとして、本件訴訟にてYにその支払いを求めた。なお、本件訴訟において、Yの特別代理人が平成306月に選任された。

(本件裁判における各当事者の主張)

[X1の主張]

 平成293月、Yは、自宅を訪問したX2よりX1から預かった手付金を受領し、本件売買契

約書に署名・押印したものであるから、本件売買契約が成立したのは明らかである。

2の主張]

 平成292月、Yはその意思により、本件媒介契約書に署名・押印している。この印影は、

Yの印章によるものであるから、本件媒介契約が成立したことは明らかである。

 本件売買契約締結の際、Yは、X2が持参したX1の手付金50円を、媒介報酬に充てるよう2に申し出た。X2は、そのうち49万円を報酬に充てたことから、残額89万円余を請求する。

[Yの主張]

 X1と本件売買契約、X2と本件媒介契約を締結した事実はなく、手付金50万円の交付を受けた事実はない。また、本件媒介契約書のYの署名は、X2によるものと思われる。

 高度のアルツハイマー型認知症に遅くとも平成299月時点で罹患していたYは、本件売買

契約締結当時、意思無能力の状態であったというべきであり、いずれの契約も意思無能力状態で締結されたものであるから無効である。 

2 判決の要旨

 裁判所は、次のように判示して、X1、X2の請求を全部棄却した

(本件媒介契約の成否)

本件媒介契約書のY署名部分は、X2による記載が認められる。X2は、X2がY署名部分を

記載した理由について、Yと話をする中で、Yの面前でYの代わりに署名した旨等の供述をするが、この供述をもって、YがX2に自己に代わって署名を行うことを依頼ないし承諾したとは認められない。

また、X2は、本件媒介契約書の「Y」押印はYがした旨を主張するが、その印影は、他契

約関係書類の印影と対照すると一部が異なり、また、他に証拠がないことから、本件媒介契約が成立したと認めることはできない。

(本件売買契約の成否)

本件売買契約は、本件媒介契約を前提にX2が深く関わっている。本件媒介契約の成立は、

上記のとおり認められないことから、本件売買契約成立についても慎重に判断すべきところ、本件売買契約書の署名はYによるものであるから、本件売買契約は真正に成立したものと一応推定される(民事訴訟法2284項)。

しかし、本件売買契約は、自宅を解体し、その敷地を売却するという生活基盤に関わる重要

な契約であるが、(ア)媒介契約書記載の金額4070万円に対し、売買代金が3330万円と2割近く減額され、Yがこの減額について比較的短期間に異議を述べず応じたというのは不自然であること、(イ)Yが自らの負担で建物を解体して本件土地を引き渡す というYにおいて重要な事項である記載が本件売買契約書にないこと、(ウ)平成299当時、高度のアルツハイマー型認知症に罹患していたYは、平成293月の本件売買契約締結時、自己の財産を管理処分する能力は相当程度低かったと推認されること、(エ)本件売買契約書には収入印紙の貼付がなく、また、残代金支払日等の記載不備が目立つこと、等から、Yが署名する際に、本件売買契約の内容や署名することの意味を十分に確認した上で署名したものと認めることはできない。

以上によれば、本件売買契約書の署名をYがしたとしても、Yが、真に本件売買契約書記載

のとおりに本件売買契約を締結する意思で署名したものと認めることはできず、上記の真正に成立の推定は覆される。

したがって、X1とYとの間で、本件売買契約が成立したと認めることはできない。

(不当利得返還請求の可否)

上記のとおり、本件売買契約の成立は認められないことから、本件売買契約の成立を前提と

する手付契約の成立を認めることはできない。

なお、X1は、Yに50万円を交付した証拠として、それを原資にYから媒介報酬49万円の支

払いを受けたとするX2作成の領収証控えを提出するが、X1がY50万円を交付したとする領収証等の提出はなく、上記領収証控えも、X2がYから支払いを受けたとする日と異なる日付で作成されており、50万円が原資となったことを裏付けるに足りるものとはいえない。

3 まとめ

自宅売却という売主の重大な取引にもかかわらず、媒介業者が買主の手付金持参により売買

契約を締結したとし、しかも、売主の領収書を受領していないという本件取引は、一般的な不動産取引では考えられない不自然な取引であり、意思能力が低下した高齢者を狙った押買いではないかと疑われるような事案です。

押買いについては、当機構の第305回不動産取引紛争事例等調査研究委員会(RETIO112-93

にて、東京高判 平27428を題材に検討がされており、委員からは、「相手方の無思慮に乗じて契約を締結したのであれば、契約の無効取消しや、不法行為による損害賠償が訴訟になれば認められる可能性は高い。」、「未然の防止として、そのような懸念がある人を周囲がしっかり『見守る』ことが重要。」等の意見を頂いていますので、参考にしてください。