[既存杭の説明義務 ]

買主が売主に対して、既存杭の位置を告知しなかった等として求めた損害賠償請求が棄却

された事例

 

 土地の買主が、不動産業者である売主に対し、売買契約時の合意又は売買契約に付随する

信義則上の義務として、売主が埋設された既存杭の位置の告知義務を負い、また既存杭等が

隠れた瑕疵に当たるとして、債務不履行又は瑕疵担保責任に基づき、地中障害に伴う工事費

用等の損害金等の支払いを求めたが、いずれの請求も棄却された事例(東京地裁 平成30

216日判決 ウエストロー・ジャパン)

 

1 事案の概要

 

 買主X(原告・個人)は、本件土地について建築設計事務所Aを通じて、媒介業者Bの媒

介により、平成266月、売主Y(被告・不動産業者)と売買代金7380万円で売買契約を

締結し、手付金400万円を支払った。本件売買契約には、本件土地の隠れた瑕疵について、

引渡完了日から2年以内に限り、Yが担保責任を負う旨が定められていた。

 本件売買契約締結の際、重要事項説明書には、本件土地上にはマンション(旧建物)が建

っているが、本件土地引渡期日までにYの責任と負担で取り壊すこと、旧建物の既存杭が発

見された場合は、Yの責任と負担で地盤面より1mの深さまで撤去することが記載され、Y

は、Bを介してXにその旨を約束した。

 平成268月、Xは、本件土地の売買残代金6980万円及び固定資産税等清算金2万円余

を支払い、本件土地の引き渡しを受けた。

 その後、Xは、(1)本件売買契約締結日及び決済日に既存杭の位置を教えてほしいと要請

したが、Yは「分割検討図」を送付したのみで、既存杭等の正確な位置をXに知らせず、Y

には告知義務違反がある、(2)本件土地には、既存杭やコンクリートガラ等の地中障害物が

多数発見され、これらは隠れた瑕疵に当たる、等として、XY対し、地中障害に伴う山

留め及び試掘や地盤補強工事費用、基礎工事・変更工事費用、設計変更申請手数料、設計料

追加分の計277万円余等の支払いを求め、提訴した。

 

2 判決の要旨

 

 裁判所は、次のように判示して、Xの請求を棄却した。

 

(告知義務違反の有無)

 Yは、本件売買契約締結日に、Bを介して、Xに対し、埋設物の詳細について、Yは把握し

ておらず不明であること、旧建物の杭が残存している可能性があること、杭が発見された場

合には、Yの責任と負担において、地盤面より約1mの深さまで撤去する旨を説明したこと、

また残代金の支払い及び本件土地の引き渡しがなされた日に、YXに対し、重要事項説明

書上は地盤面から約1mの深さまで撤去とされているが、念のため1.5mの深さまで撤去す

ると説明したこと、が認められるが、その一方、YBが、Xに対し、既存杭等の位置を告

知する義務をYが負う旨了承したことを認めるに足りる確たる証拠はない。

 この点、Xは、Bに、本件売買契約締結前に、重要事項説明書へ既存杭等に係る説明を追

加することや、旧建物の解体をしたときに杭の頭が見えてくるのでそれを教えて欲しいこ

とを伝え、Bからは、Yに話をしてみますと述べたことや、一般的に杭の位置の告知を受け

る場合、その旨を売買契約書等の書面に記載することは煩雑であり、売買契約書等の書面に

記載することはほとんどないと思われる旨を述べるが、Bは当該供述内容を否認している。

 責任追及を受けかねない立場にあるBが、重要事項説明書記載の深度を超えて既存杭等

の位置を把握すること等について、口約束すること自体考えにくく、また、Yが告知義務を

負う旨をBが了承した場合には、紛争が生じないよう重要事項説明書の記載内容を改める

ことが通常であり、これがなされていないことは極めて不自然である。

 また、Yが書面を作成して当該告知義務の存在及び内容等を確認していないことは、上記

同様に不自然であるから、Xの供述等は容易に信用すべきではない

 一般的に、既存杭等の位置把握には多額の費用を要するが、Yは、撤去対象とする既存杭

等の具体的深度を明示して限定し、これを超える深度の調査・告知義務を課すことは、Y

対して想定外の重い義務を負担させることとなる一方、Xは、Yら、埋設物の詳細につい

ては把握しておらず不明との説明を受けた上で、本件売買契約を締結しており、埋設物等に

ついてYから売買契約時の説明内容を超える説明ないし告知を受けられないとしてもこれ

を甘受すべきと言えること等から、本件売買契約締結に付随する義務としても、当該告知義

務をYが負うとは認められない。

 

(瑕疵担保責任の成否)

 Yは、本件売買契約に際し、Xに対し、本件土地の埋設物の詳細について、Yは把握して

おらず不明であること、旧建物の杭が残存している可能性があることを説明しており、X

その旨を踏まえて本件売買契約を締結したのであるから、本件土地に地中障害物があるこ

とは隠れた瑕疵には当たらない。

 よって、瑕疵担保責任に基づくXの請求は理由がない。

 

3 まとめ

 

 本件は、買主が、解体した建物の既存杭の位置の告知義務違反や瑕疵担保責任を理由とし

た損害賠償を、売主に請求したが、売主が告知義務を負う旨は合意しておらず、地中障害物

について事前に説明があったため隠れた瑕疵には当たらないとして、買主の請求が棄却さ

れた事例です。

 近年、土地の埋設物をめぐって、売主業者、媒介業者が、告知義務違反で訴えられる事案

がよく見受けられますが、紛争予防の観点から、建物解体・撤去の範囲や、物件をどのよう

な状態で買主に引き渡すのか等について、売買契約締結までに売買関係者でよく確認し合

い、その内容を交渉記録や重要事項説明書等に記載しておくことが重要です。